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朝青龍が復活した。だが優勝決定戦のガッツポーズが横綱の品格に欠けるとして問題になっている。優勝の瞬間に出るガッツポーズを問題にするのは、相撲をはじめ日本古来の剣道や弓道などで、柔道はこれを問題としていない。日本古来のスポーツは感情を爆発させることを嫌う。勝って兜の緒を締めよ式の武士道精神が生きているからであろう。しかし、外国人に武士道精神は通用しない。このような精神構造は物心がつくころから形成されるもので、大人になってから相撲界に入ってくる外国人力士に要求するのは本来無理なことなのである。吉村昭という戦記物の作家がいた。彼は外国人の横綱はいらないという持論であった。しかし相撲取りが強くなれば横綱になるのは当然のことで、外国人を横綱にしたくないのならば、入門させるべきではないのである。
これと同様に、優勝してガッツポーズをさせたくないのならば、外国人を相撲界に入れるべきではないのである。日本相撲協会や横綱審議会はご都合主義だから、相撲人気にを煽るために強い横綱を必要とする。したがって横綱昇進のときに、その人の人格を問題にすることはない。しかし、ガッツポーズを問題にするのならば、それ以前の横綱昇進のときの人格評価こそが問題にされてしかるべきではないだろうか。私は外国人力士を締め出せと言っているのではない。今の相撲界が存在できるのは外国人力士のおかげであり、これはアメリカの大リーグ野球とて同じである。いわゆるウインブルドン方式なのである。
朝青竜がモンゴルから成田に着いたとき、レポータが彼を追いかけて十年一日のごとき質問を浴びせかけていた。このような低俗な質問も、モーニングショーでそれを好んで見る人達が大勢いるからするのであろう。テレビ界が朝青竜の態度を問題に取り上げるならば、彼らが製作している番組の低俗性を自省すべきであろう。
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